迷子 どこの子?  〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


       




 純白の雪野原を思わせる、肌触りのよさそうな ふわふかなタオルの狭間から。最初はお顔、次はひょこりと身を乗り出したその所作に、覗き込んでたお嬢さんたちが、示し合わせていたかのようにほぼ同時、目許をたわめ、わあとその口許をほころばせる。少ぉし大きめでやわらかそうな三角のお耳と、今はまだ真ん丸なお顔のバランスが何とも愛らしく。黒々とした虹彩の大きな双眸は潤みが強くて、それとのバランスが絶妙な、小さな小さなちょんとしたお鼻が得も言われず可愛らしい。すぐ下には、兎口になった小さな口許。それがぱかりと開いて、細くて高い声にて にゃあと鳴くのが、

 「あああ、どうしてこうも可愛らしいんでしょvv」
 「シチさんチにもいるじゃありませんか。」
 「ええ、そりゃあ可愛らしい美人がおりますがvv」

 イオは丁度自我が出始めなもんだから、機嫌を損ねると手がつけられなくなるんですようと言いながら、それでもとろけるようなお顔で言う七郎次なのが。どんな我儘をしでかしても、ウチの子が世界一かわいいと言わんばかりの、いわゆる“親ばか”なこと、そのまま表してもおり。そんな二人のやり取りが、こちら様もまた聞こえているかどうか怪しいぞという様子で、仔猫の方へとばかり意識が向いてる久蔵殿であったりし。人間付き合いはあんまり上手ではないというのが、前世の…刀にしか関心を寄せなかった彼そのままだというなら判りもするのだが、

 “こぉんなお顔も出来る人ですのにねぇ。”

 寸の足りない短い前足、えいやと伸ばして来る幼い仔猫へ。その白い手のひらを上へ向け、出来るだけ低く構えて“おいで”と迎えてあげている所作の優美な穏やかさといい。そんなしているご当人の、霞がかかって見えるほど それはそれは目映い微笑の甘やかさといい。何でこれを人間へも向けぬのか、そうすれば特に話術や如才なんてなくとも、人がたくさん寄っても来よう、そんな中で社交術も身につけたろにと。そこまでの“どうして?”を、今更ながらに感じてしまった平八だったほどではあるが、

 “…そうそう何にでも応用が利く話じゃありません、か。”

 それこそ、今更言っても始まらぬ話なのだし、それに…そんなして寡黙な少女であり続けたのでは、今の世では随分と寂しい想いもしていた久蔵だったんじゃあと、知り合ったばかりの頃は思っていたひなげしさんだったのだが、

 「おもちゃが随分と増えましたねぇ。」

 寝床を兼ねた籐のバスケットごと、お嬢さんたちのいるソファーまで運ばれた仔猫さんだが。そのバスケットが置かれてあったすぐ傍ら、いかにもおもちゃ箱ですという仕様のカントリー調の木箱には、猫じゃらしのハタキもどきやら、クッション素材のボールやらが、この子を預かってからほんの10日ほどで集まったそれとは思えぬ数だったのを指摘すれば、

 「 、〜〜〜ヒョーゴが。////////」

 いかにも不意を突かれましたというような雰囲気、一瞬 言葉に詰まっての、ちらりと視線を泳がせてから、ようよう口にしたのが何とも判りやすくって。

 「あらまあ♪」
 「そういや兵庫せんせえ、
  久蔵殿が動物に懐かれたおす話を、
  我が誉れみたく誇らしげに語ってらしたものねぇvv」

 特にそれへ限った話でもないのだろうが、どうしてまた、猫へのおもちゃを取り揃えた彼の先生なのかも、こちらの二人にはその奥にあるのだろう真意までもが何となく判る。だって、

 「みゃあ、みゃっにゃうvv」

 しきりと鳴いては遊んで遊んでと、小さな身でよちよちと擦り寄る仔猫へ、目許を細めて嬉しそうに微笑む久蔵なのは。傍で見ているこちらまでもが、何と申しましょうか…きゅううんと胸底を甘くつねられているような、何とも切な痛い気持ちにさせられるほどであり。猫のためというよりも、こんなお顔を見せてくれる久蔵なのならばと、

 “ついつい躍起にもなるのでしょうよ。”

 人間相手にこそそういう態度でいろだなんて傾向の、もっともらしいかもしれないが、何とも無神経でつや消しなことは言わない。今世の兵庫殿はきっと、そういう格好でこのぶきっちょなお嬢様に接しておいでなのだろう。女の子だからなのか、厳しい競争に身を投じなくともいい境遇だからか、いやいや、そんな判りやすい算盤を弾いてのことじゃない。現今の“生“の中、久蔵がひょんな拍子に稀なものとして見せた慎ましやかな笑顔というものが、それは愛らしく、見ている者をも幸せにしてくれるそれだったから。無理強いするもんじゃあないとの把握の下、大切にしてあげているらしいのが、

 “こんな格好で伝わって来ようとはvv”

 お見合いするのも久蔵の将来のためと構える、随分な朴念仁っぷりだったのへ。こんの野暮天がと、殺意まで抱えていたのはどこのどなただったやら。
(大笑) もしかしたら自覚はない愛情かもしれないが、それでもね。危ないことへやたらと首を突っ込むようになった、その弾みというか点火剤というか。過去を思い出したことへと加えて、七郎次や平八との交際が始まったからこその加速っぷりだろうよと薄々感づいていながら、時に頭を抱え込むほどのとっぴんしゃんをやらかすのを、ハラハラと見せつけられながら。それでも…彼女らに会うことまかりならんとの手を打つ訳でなし、仲良く集うのをむしろ見守る側でおいでになるのは大した許容だと思うワケで。そんな格好で、久蔵殿を一番よく判っていて、だからこそのマイペースで見守るおつもりのせんせえへは、こっちだって協力を惜しまないと、改めて感じ入ったらしい、白百合さんやひなげしさんだったりするらしく。……って、それはさておき。

 「…それにしても。」

 ふっかふかのタオルの海の中、よちよちと、よいちょよいちょと、小さな手足を踏ん張ってぎこちなく動き回るおちびさんを、可愛い可愛いと囲みつつ。一旦帰宅してから再びお顔を合わせたその本題、何とも物騒な侵入者があった件を、神妙なお顔になってかえりみる彼女らで。シスターたち専用の教務室へ、誰ぞが押し入ったのは明白だということで、ミス・ガルシアとアンジェラ、両シスターは、管理責任者に当たるシスター長への報告へと向かうことにし。居合わせた三人娘へは…肝心な犯人を見た訳で無しということで、今日のところはお帰りなさいと、その場からの退去を指示された。何も見てないに等しいというのは事実だし、それでなくとも危険な出来事。関係者に名を連ねることで、いたいけない未成年のお嬢様がたを巻き込んでしまってはいけないという大人たちの判断も判らんではなかったので。そこは素直に帰宅した彼女らだったものの、手早く着替えるとお昼ご飯もそこそこに、再び出掛けて…問題の仔猫様のいる三木邸への集合となっており。

 「シスター・アンジェラとシスター・ガルシアでは、
  年齢も顔立ちも全然違いますのにね。」

 シスター・アンジェラは二十歳そこそこの北欧系、シスター・ガルシアはアラサー世代の南米系なので、いくら着ているものが同じのシスター同士でも、まるきり別人だと判りそうなものだろにと。お人形さんのように小さな前足で、こちらの人差し指との“握手”、若しくは“お手”をする仔猫なのへ目許を細めた七郎次であり。

「見分けがつかなんだのか、それともシスター全員へ事情が通じていると思ったか。」
「それにしたって。」
「こんな小さな仔猫をそうまでして取り戻したいってのは、どういう事情あってのことなんでしょうね。」

 乱入して力技で持ち去ろうとしかかったり、詰め寄った相手を昏倒させたり。何とも乱暴な手管のオンパレードで。

「そも、素知らぬ顔して善良な飼い主ぶって取り戻した方が、
 怪しまれもしなかろし、後腐れだってなく済むじゃないですか。」

 だって言うのに、それを通さなんだのは何故なのかと平八が眉を寄せる傍らで。

 「……。」
 「どしました、久蔵殿。」

 何へ気づいたか、ふと…仔猫へと向けていた穏やかな表情が、止まっての固まってしまったものだから。おやおや?と素早く察した七郎次が水を向けると、

 「仔猫を連れて応対に出るやも知れなんだのに。」
 「? ああ、シスター・ガルシアが、ですか?」

 そうだ、何も教務室へ仔猫を残して出てくるとは限らない。飼い主だという電話をして来た相手が、男性だったか女性だったかまでは確かめていなかったが、押し入ったのと同じ人物ならば男性で。だったら構内へは立ち入れないのでと、訪のうたという玄関まで仔猫も共に連れて出て来るということも想定してなきゃおかしいが。

 「そこは微妙ですね。」

 そういうところまで気が回る相手なら、くどいようですが、正当な飼い主だと誤魔化すって手を使ったんじゃあないでしょか、と。七郎次が応じた横合いから、

 「といいますか。
  あの教務室に仔猫を持ち込んでシスターたちが世話してると、
  そう思っていたんでしょうかしら。」

 平八が頬に手を当ててぼそりと呟いたのへは、

 「…っ。」
 「あ。」

 金髪娘二人が意表を衝かれてハッとする。

 「わたしたちやシスターが、
  あのマラソン大会の最中にこの子へ関わったのをどこからか見ていたか。
  そういう成り行きは全く知らなくて、あの張り紙しか見ていないのか。
  色々と可能性はありますが。」

 タオルの丘を踏み越えて、間近までやって来た仔猫様なのへ。唇を尖らせ、チュチュチュチュッと小鳥のさえずりのような音を立てて見せ、軽やかにあやしてやってから、

 「何かを“出せ”と詰め寄られたって、
  シスター・アンジェラは言ってました。
  仔猫が居ないことは一目見りゃあ判ったでしょうに、
  それでもと探したとして。
  戸棚や書架、引き出しを荒らしてたんですよね。
  そんなところに、それもシスターが、仔猫を仕舞います?」

 「そうよね。
  そんな筈はないってことくらい、判りそうなもんだし…。」

 引き出しに入れておきそうなものを盗みに来たなんて、ただの事務所荒らしと同じよね。でもでも、だったら…。

 「張り紙を見たと。」
 「うん。目当てはやっぱりこの子に違いない。と、言いますか…。」

 何を言いたい平八か、口を挟まずに聞いていた久蔵にも通じていたらしく。片手でも十分抱えられそうな小さい仔猫、それを両手で両脇から掬うようにして抱き上げたのへ。平八の手が伸び、赤い首輪を丁寧に外して見せる。七郎次もまた息を飲んで見守る中、輪から紐状にと真っ直ぐ伸ばされた細い細い革製の首輪は、少女の指先で摘まめるほどに細いそれだったものの、

 「…………っ、あった。」

 指の腹で何かを感じ取ろうとしてだろう、そろそろと撫でるようにゆっくり扱いて見せたその手が半ばで止まり、違和感を拾ったところ、そんな必要があるものか、リードをつなぐための輪環が固定されてた縫い目のところ、ほらと裏側を向け、首へと回していた反りとは逆向きに、逸らして見せるひなげしさんであり。

 「ここの下に、小さな小さな何かが埋まってます。
  もしかせずとも、ICタグじゃないのかな。」

 例えば米粒ほどの小ささでも、ちょっとした情報を記録しておけるというメモリの一種。ペットの身へ埋め込んでおいて、迷子になってもGPSで行方が判るようにも出来るという代物まであるほどだが、

「きっと何かしら怪しいルートを使って密輸入された猫なんですよ。
 それが、前日のあの台風もどきの大嵐の最中、
 ケージが壊れるかどうかして逃げたのを追って来た、とか。」

 小さな手をキュッと握り、そうに違いない、何て可哀想なことをするものかと熱弁しかかった平八へは、

 「そうまで大層な猫には見えませんけれどもね。」

 やはり仔猫を飼っている七郎次がむ〜んと形のいい眉を寄せて見せる。今日はお友達の家へのお出掛けとあって、特に気張ったよそおいではないらしいものの、セミタイトのスカートへ、カットソーよりもゆったりした印象のチェニックTシャツを合わせ、視覚バランスをローウエストになるよう降ろしたコーデュネイト。それがかっちり決まるのは、人並みはずれたスタイルのよさのせいもあろう。いかにも十代の女の子という恰好をし、仔猫の乗っかったバスケットを間近にしたくてと、一人だけ足元のラグの上へと直に座り込んでいた白百合さんであり。絶滅危惧品種とかじゃないのかな、はたまた毒性の高い細菌を仕込まれて…と、過激な想定まで飛び出したのへは、

 「それはないでしょう。」
 「ですよね。こんな幼い子じゃあ、耐えられるはずがない。」

 平八もまた、すぐさま言い過ぎましたと肩をすくめる。細菌兵器なんてな突飛な代物じゃあなくの、何か新薬への試験体…というのは悲しい話だがあり得ることだが。だとしても、こうまでの荒々しさと強引さでもって奪い返したいかとなると、リスクが大きすぎるのでそれも無かろうと来て。

 「首輪へ…ではあれ、
  これって、この子への迷子札じゃあないのかも。」

 外されてしまえばそれで役を果たさなくなるじゃないと、七郎次が続けた傍ら、平八が自分が提げて来たバッグからペンケースを取り出すのを見ると。そこから何を出すかを察したか、久蔵がギョッとして仔猫を懐ろへ抱きしめたが。

 「いくら何でも、くうちゃんを切ったりはしませんて。」

 おいおいおいと、ひなげしさんの側までも しょっぱそうなお顔になってのそれから。ジッパーを開いて取り出したのが、工作用のカッターナイフ。その切っ先を ちきちきちきと押し出すと、

 「…では。」

 左右のお友達に、確認するよに順番こに視線を投げてから。おもむろに…ペンホルダー型に構えたナイフの刃先を、真っ直ぐ伸ばした首輪へと当てて。そのすぐ下の何かを破損せぬよう、慎重に慎重にと静かに指先動かして。まるで何かしらのオペのような緊張感の中、謎のチップ摘出作業は厳かに進められたのでありました。






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*背景にお借りした猫ちゃんは、
 どっちかというとアビシニアンちゃんではなかろかと思います。

 それはともかく。
 もしかして危険な代物かもしれないのに、まあ。
 こんな唐突に取り出そうとする辺りが、無謀な十代のなせる技でしょうね。
 あとで大人たちにしっかり絞られるといいです。


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